2016年7月、アメリカでも最有力の安全保障研究機関であるランド研究所がWar with China(Thinking Through the Unthinkable)邦訳すれば中国との戦争~考えられないことを考え抜くと題した論文を発表しています。
当時はまだトランプ政権が誕生する前でしたから、まあそんなこともあるのかも知れない程度の認識しかありませんでしたが、足元のトランプの言動を見ていますと、この論文の内容が改めて気になるところです。
そもそも、この論文は米中戦争が両国、とりわけ中国にいかに甚大な損失を与えるかを定量的に明らかにし、その損害の大きさを強調することによって米中戦争を抑止しようという試みであり、戦争が現実味を帯びていることを示唆するものではありません。
もともと米国の大統領選ではヒラリークリントンのほうがアジアで戦争を起こしやすい存在で、むしろトランプはオバマの政策を引き継ぐ形で戦争からは遠い存在と言われてきましたが、足元でもトランプの中国に対する執拗な挑発行為を目の当たりにしますと、ありえないはずのこうした事態も一応想定しておかなくてはならないのではないかと思い始めています。
今回はこのランド研究所が発表した内容についてご紹介してみたいと思います。
同研究所が想定する5つのケース
このランド研究所は米中戦争が開戦となる5つのケースを挙げています。具体的には・・
(1)東シナ海の尖閣諸島などをめぐる日中両国の軍事摩擦。
(2)南シナ海での中国のフィリピンやベトナムへの軍事威圧。
(3)北朝鮮の政権崩壊による米中双方の朝鮮半島軍事介入。
(4)中国の台湾に対する軍事的な攻撃あるいは威嚇。
(5)排他的経済水域(EEZ)やその上空での艦艇、航空機の事故等の被害。というものです。
(1)の東シナ海の尖閣列島でのトラブルは米中戦争というよりも日中で軍事衝突が起きて、その背後にいる米国と中国の開戦へと及ぶケースで、リスクオフになっても当事国の日本円が買われるとは思えない状況です。
(2)の南シナ海でのフィリピンやベトナムとの問題も既にかなり起きていることですが、フィリピンやベトナムが中国と戦争をするというよりはこちらも背後にいる米国と中国との衝突になることが想定されます。
(3)の北朝鮮起因による米中双方の朝鮮半島軍事介入は、日本にもかなり大きな影響を与えるものになり、そもそも難民が北朝鮮から押し寄せてくるようなことになれば、半島での戦闘以上に国内に与える影響が大きくなることが予想されます。
(4)の中国による台湾攻撃は、ここのところのトランプによるひとつの中国否定発言を考えるともっとも嫌な感じのするケースになりますが、果たして米国がこうしたケースでどこまで介入してくるのかが気になるところです。
(5)については日常的mに起こりうる脅威であり、いきなり発生することが考えられます。
米中戦争による経済への打撃は莫大なものに
Photo Reuteres.com
20世紀は戦争こそがデフレを脱却し経済を活性化する利益機会のように言われてきた時期もありましたが、この論文によれば、米中のこうした戦争は、両国の経済を傷つけ、特に中国経済が被る損害は破滅的で長く続き、その損害は、1年間続く戦争の場合でGDPの 25~35%の減少になると予想しています。
一方、米国の「GDP」も5~10%の減少になり、戦争によってもたらされるものは何もないことを強く示唆しています。またこの期間を超える長期かつ厳しい戦争は、中国経済を弱体化し、苦労して手に入れた経済発展を停止させ、広範囲な苦難と混乱を引き起こすと警告しています。
この論文は米国陸軍の委託を受けて作成されていることから、詳細で公表されていない部分も多いようですが、ここまでデメリットが事前にわかっているのにあえて戦争することはないとは思うものの、2016年をみれば絶対にありえないと断言できることなどひとつもないのもまた事実であり、こうした状況で為替がどうなるのかも考えておく必要があります。
トランプ政権の誕生でこうしたことに現実に直面することがないことを切に祈りたいものですが、日本に対する影響が薄くなるほど円高に振れてしまうリスクがあることはしっかり理解しておかなくてはなりません。
(この記事を書いた人:今市太郎)