数年前、日本でも「マイケルルイス」の小説を原作とした「マネーショート」という映画が公開されて話題になりましたが、この映画、原題は「ビッグショート」というタイトルで、要するにリーマンショック前にその事態を察知して猛烈な売りポジションを抱えるというのが話の本筋になっていました。
このビッグショートを彷彿とさせる状況がまたしても米国債券市場に足元で起こっていることがIMMのレポートから把握することができます。
史上最大規模に膨れ上がった投機筋の米10年債ショート
上の表は3日に発表された最新の「IMMのレポート」です。これによりますと、投機筋、とりわけ米系ファンドの米10年債の売り持ちがまたしても史上最大規模に膨れ上がっており、まさにビッグショートという名にふさわしい状況に達していることがわかります。
この発想は確かにかなりオーソドックスで、今年後半にさらに2回利上げが行われるとなれば債券金利の上昇は免れないため、そうした状況を狙った売り持ち状態が加速していることを示しています。
この米10年債のショートは今年5月にも一度ピークに達したことがありましたが、いきなり顕在化したイタリア政局から急に米債が買われだして金利は大幅低下となり、このときに売り持ちしていたファンド勢はかなりの損失を抱えることになったのは記憶に新しいところです。
しかしその後もファンド勢は懲りずに、また米10年債を大量にショートして金利の上昇を待ちわびていることがわかります。
実はこうしたファンド勢は「米10年債」の売り持ちをしているだけではなく、ドル円についてもドル高円安が示現することを期待して、ドル円ロングを依然として大量保有していることが同じIMMのドル円のレポートからも判断できる状況です。
先週段階では若干ドル円ロングは減少していますが、とにかく米債は売り持ち、ドル円は買い持ちということでそのロジックには一貫性が見られます。
しかし米債金利はほとんど上昇しない
Data Investing com
実際の米債10年ものの金利推移を見てみますと、日銀が政策決定変更した直後に本邦勢が米債を買わなくなるのではないかという懸念から、久々に10年債の金利が3%にのせる局面がありましたが、その後はまた2%台に低迷しており、一向に上昇する気配を見せていません。
果たして今後彼らが期待しているように米債金利が上昇してくれれば、ドル円も一定の上昇が図られて米債の売り持ちは見事に的中したディールとなるわけです。
しかし、このまま金利が上がらない、あるいはどこかでさらに下落するといった局面に追い込まれた場合、5月末以上に激しい買戻しがでることから米差金利はこの巻き戻しだけでも相当金利が下落し、ドル円も逆に円高にシフトするリスクが高まりつつあります。
FRBはトランプから「利上げが好ましくない」と指摘を受けた後でも特段大きな変化のある発言は一切行っていません。
しかし、今年8月末のジャクソンホールの講演で、いきなりパウエル議長の口から方針変更を示唆する、つまり金利の上昇の後ずれを示唆するような発言が飛び出した場合は状況が変わってきます。
足元のファンド勢のロジックが決定的に破綻することとなり、思わぬドル安円高が示現しないとも限らない危ない状況が積み上げられていることがわかります。
だいたい相場は片方に傾き過ぎた時にはろくなことが起きないのが世の常です。この米系ファンドを中心とした米10年債のビッグショートが果たして成功するのか、それとも完全に頓挫してしまうか次第で、ドル円のここからの動きにも相当大きな影響がでることはあらかじめ認識しておきたいところです。
まともに考えればFRBがトランプの言いなりになって利上げを後ずれさせるなどとは誰も思わないものですが、パウエル議長はトランプが据えた人材ですし、現在空席になっているFOMCで投票権を獲得できる5名の理事枠に利上げ慎重派を送り込めば、それなりに政策を操ることは充分に可能な状況です。
日本を見ていてもわかりますが、中央銀行は政権にかなり忖度した判断を行っているのは周知の事実であり、パウエルが本当に独立した存在として振る舞えるのかどうかにも注目が集まります。
冷静に見た場合、米債の金利がここまで利上げをしても上昇しないというのは市場全体がこの先の米国経済が必ずしも順風満帆に推移しないことを織り込んでいるからで、ある意味でかなり不気味な状況ともいえます。とにかく今後の推移を見守りたいと思います。
(この記事を書いた人:今市太郎)