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安倍晋三

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安倍晋三は、第90、96、97代の日本の内閣総理大臣です。

第90代のときは、自身の体調不良などもあって満足のいく結果を出せませんでしたが、第96、97代の首相としては、自民党の支持率も高水準で推移し、自身の希望する政策を進めることができています。

安倍晋三の家系図に登場する人物は大物ばかり

まずは、安倍晋三の家系図をご覧ください。まさに「華麗なる一族」であることがわかります。

安倍晋三の父、安倍慎太郎は元外相。安倍晋三の母方の祖父は元首相の岸伸介。父方の祖父安部寛も元衆議院銀です。元92代の内閣総理大臣「麻生太郎」とは親戚関係にあたります。

家系図はクリックで拡大します。

安倍晋三のストーリー

安倍家の中興の祖である「安倍慎太郎」は山口県長門市の酒と醤油を醸造する豪商でした。慎太郎は明治初頭に第一回山口県議会議員に当選し中央政界を目指しましたが、32歳の若さで亡くなりました。

慎太郎に子供がなかったため、妹のタメが地元の名門椋木家の彪助を婿養子に迎えて一人息子の「寛」をもうけました。タメも彪助も寛が4歳にならないうちに相次いで亡くなり、寛は叔母のヨシに育てられました。

「寛」は金沢の旧制第四高等学校を経て、東京帝国大学法学部政治学科(現在の東京大学)を卒業し、東京で自転車製造を始めましたが、1923年の関東大震災で工場が倒壊し会社が倒産してしまいます。

この頃生まれたのが、安倍晋三の父となる「晋太郎」でしたが、晋太郎が生まれてわずか80日後に寛は離婚してしまいました。離婚の原因は家同志のおりあいとのことですので、陸軍軍医監であった妻静子の父と戦争を嫌う寛との関係が原因だったようです。

昭和の吉田松陰と呼ばれた安倍晋三の祖父

寛は晋太郎を連れて山口へ戻り、自身を育ててくれた叔母ヨシに晋太郎の養育をまかせます。

寛は山口で1928年に総選挙に出馬するも落選、1933年に地元日置村村長となり、山口県議会議員を兼務し、1937年に念願観って衆議院議員に初当選しました。

議員になると、三木武夫と国政研究会を創設し、塩野季彦を囲む木曜会に参加して東条内閣の退陣を要求し、一貫して戦争反対を主張しました。

寛は金権腐敗打破を叫ぶ清廉潔白な人格者として知られ、地元では「大津聖人」、「今松陰(昭和の吉田松陰)」などと呼ばれて人気が高かったそうです。

しかし、若い頃に脊椎カリエスと肺結核を患い、健康には恵まれず、終戦の翌年1946年に心臓麻痺で急死しました。

毎日新聞社に入社した安倍晋三の父「晋太郎」 岸伸介の娘、洋子との結婚

安倍晋三の父「晋太郎」は山口で育ち、一年浪人して1943年に岡山県の第六高等学校に入学すると、わずか一年半で繰り上げ卒業をして東京帝国大学(現在の東京大学)に推薦入学しました。

戦争中は予備学生として海軍にいましたが、戦後東大法学部に復学しました。この頃父の寛が急死し、その翌年育ての親のヨシも亡くなり、晋太郎は大学生で肉親を失ってしまいます。

幼いころ別れた母親が再婚したと聞き居所を探しましたが、再会することはできませんでした。記録には異父弟は、元みずほホールディング会長の西村正雄とありますがどのような経緯があったのかわかりません。

晋太郎は1949年に大学を卒業して毎日新聞社に入社しました。1951年に岸信介の長女洋子と結婚して晋三が誕生します。晋太郎と洋子の結婚は、元首相岸信介のお膳立てによるものでした。

岸信介は東条内閣の一員であったため、終戦後A級戦犯被疑者として逮捕され東京の巣鴨拘置所に収監されていました。信介は長男信和と長女洋子の将来を案じ、友人である衆議院議員の福家俊一に洋子の結婚の相談をします。

この時信介は、政治家や実業家ではなく「新聞記者がいい、時代の流れがそうなる」と言ったそうです。福家は議員になる前は上海で大陸新報という新聞社の社長であったため新聞界に顔がききました。そのうち毎日新聞政治部の記者から、「今松陰」の息子が政治部にいるという情報が入ります。

福家は「今松陰」と呼ばれた安倍寛から将棋を教わったことがあり早速晋太郎と会い好印象を持ちます。岸信介・佐藤栄作兄弟は安倍家と同じ山口の出身でしたから寛を知っていました。

信介は収監されていましたが、寛の息子なら会わなくても安心だと喜んだそうです。お見合いは佐藤栄作邸で行われ、晋太郎と洋子は一目惚れだったそうです。二人は1951年に結婚しました。ちなみに洋子は政界に信奉者が多く「ゴッドマザー」と称されています。

岸伸介が第56代内閣総理大臣に@晋太郎も政界入り

信介は1948年の暮れ、東条英機が処刑された翌日に不起訴のまま放免されましたが、公職を追放されていたので政治活動ができませんでした。

1952年のサンフランシスコ講和条約発効を機に公職追放が解除されて政治活動を再開します。日本民主党を結成し、1956年に石橋内閣で外相に就任、翌1957年に第56代首相に就任しました。

結婚当時新聞記者だった晋太郎が政界入りしたのは1956年信介が外相になったときでした。外務大臣秘書官に就任し、1957年に信介が首相になると内閣総理大臣秘書官に就任、1958年には郷里の山口から衆議院議員選挙に出馬して初当選を果たします。

初入閣は1974年、三木武夫内閣で農林大臣に就任しました。三木武夫は父の寛と政治活動をしていた人物です。1977年には福田赳夫内閣で内閣官房長官に就任します。

福田派は岸派を継承する派閥で、晋太郎は福田派で世代交代の旗手と位置付けられていました。

1982年に中曽根内閣で外相に就任した際、義父である岸信介の米国人脈を活かしてアジア諸国との外交に尽力し「外交の安倍」と評価されるようになります。ポスト中曽根の声も高かったのですが、中曽根が竹下を後継指名したため晋太郎は首相の座を逃してしまいました。

この時晋太郎を推していた小泉純一郎が激怒したそうです。自民党幹事長に就任して今度こそ首相と声が上がる中膵臓がんが判明し、晋太郎は1991年に67歳で亡くなりました。

安倍晋三に脈々と受け継がれてきた政治家の血

晋太郎は三人の息子を授かりました。長兄寛信は、安倍寛の寛と岸信介の信の字を継ぎましたが、政界には進みませんでした。寛信にはウシオ電機創業者の長女幸子との間に息子が一人います。安倍晋三には子供がいないため、安倍家の後継者と言われています。

三男信夫は生後間もなく子供のいない岸信和の養子となって岸姓を継ぎました。信夫が養子という事実を知ったのは、大学進学で戸籍謄本を取り寄せた時で、非常にショックを受けたそうです。信夫には二人の息子がいます。

そして次男が現首相の「安倍晋三」です。安倍晋三は1954年に生まれました。次男なのになぜ晋三なのかと話題になりますが、母洋子によれば、晋二は画数が悪いから晋三にすると晋太郎が決めたそうです。
父方の祖父安倍寛は、終始一貫戦争に反対し大政党の金権腐敗を糾弾し「昭和の吉田松陰」と呼ばれた反骨の政治家でした。

母方の祖父岸信介は、太平洋戦争中は陸軍大将東条英機の内閣で商工大臣として物資動員を取り仕切り、戦後は自由民主党の初代幹事長を経て首相に就任し「昭和の妖怪」と呼ばれました。

信介は対等な日米関係を目指して安保条約の改定を図りましたが、軍事同盟職が濃くなることの懸念から反対運動が起こり実現することができませんでした。

遠い親戚の吉田茂は、終戦後に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)から出されたマッカーサー草案に沿って現在の日本国憲法を作った人物です。

そして今、安倍晋三が、集団的自衛権を容認し、安保法制関連法案を閣議決定し、憲法改正を目指しています。それは、脈々と受け継がれる何かが、安倍晋三を奮い立たせているといっても過言ではないでしょう。安倍晋三の政策は、安倍家の家系図から見えてくるようです。

安倍晋三、第2次政権での実績

安倍晋三は、民主党政権から政権を奪ったのち、経済をよりよくするために「アベノミクス」と呼ばれる経済政策を打ち出しました。「アベノミクス」では、「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」の3つを、「3本の矢」として打ち出しました。

アベノミクスの効果を疑問視する声もありましたが、日本の株式市場は黒田日銀の異次元緩和の効果もあってか、安定した上昇相場となりました。そのため、「アベノミクス」は一定の効果を上げたという意見が多くみられます。

強いリーダーシップを発揮していた安倍晋三だったが・・

安倍晋三は「アベノミクス政策」の実施のほかにも、さまざまな項目でリーダーシップを発揮しました。まず、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の大筋合意を、甘利大臣と連携しながら成し遂げ、加えて、安全保障関連法案を、野党からの強い反対を押し切る形で成立させるなど、強気の姿勢が目立ちました。

第90代として初めて総理大臣を務めたときには、指名した大臣の不祥事などで支持率の低下に苦しみ、辞任に至った安倍晋三ですが、第96、97代総理としては大臣のスキャンダルが報道されるなどの逆風に耐えながらも、比較的安定した支持率となっています。

2016年度に入ってからは、急激な円高や景気低迷が叫ばれ、「アベノミクス」の成果に対して、しきりに疑問符が投げ出されるようになってきています。

2017年度になると、新たな問題が噴出することになります。それが、森友学園問題、加計学園問題です。これにより内閣支持率は急落することになり、今第2次政権が始まって以来の窮地に立たされている状況です。

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