何度も、何度もみなさんには記していると思いますが、みなさんがFXを始めとする投資をやるのは永続的に利益を出し続けることだと思います。投資歴25年の私からすれば、大きな利益を出してすぐに消えていった人などは、無限にいるというのが正直な感想です。
こういう人の特徴というのは、非常に明快で「人に迷惑をかける人間」、つまり法令違反を承知しながら、それを目先の利益のために違法と承知しながら、平気でやっていく人、こういう人はまず、数年で消えます。
たぶん、年も押し迫ったころに「株やFXの儲け方教えます。」なんて言い始める悪党が増えてくると思いますが、「まぐれ」と本人は思っておらず本当に自分に実力があると思っているから始末が悪いものです。
日本企業の法令違反
最近、日産や神戸製鋼など、次々に法令違反が出ています。これ、日産や神戸製鋼、東芝、富士フィルム、スズキ、三菱自動車だけの問題だとみなさんは思いますか?
個人的な意見として、こんなの氷山の一角だと思います。なぜなら、これを読んでいる人のほとんどが、会社員、元会社員の方だと思います。
私も元会社員ですが、たとえば、この会社でやっていたことの規範を自分の子供に教えられるか?と言われれば、絶対に教えない。つまり、家庭と会社では「2つの父親の顔」を見せると思います。
やっていることが恥ずかしくて、子供には見せられないということが多々あります。私がそうだからといって、みなさんがそうだとは思いませんが、実感として、日本のほとんどのお父さんが、家庭と仕事で2つの顔、つまりダブルスタンダードをもっていると思います。
今回の神戸製鋼の事件にしても、お客さんに品質基準に見合っていないものを納品する、子供の世界では絶対にありえないことです。それに対して企業は報酬をもらう、正当な対価として。それは、単なる詐欺です。
でも、神戸製鋼という会社には、子供でもわかる不正に対して声を上げる人がいなかった、そういう会社なのです。みなさんは心の中のどこかで、会社でやること、言うこと、と、家庭でのそれは違うこと、と思っていませんでしょうか?私には確実にあります。
人には、恥ずかしくて言えないことありました。私は、今、もう、あのようなことは二度とやらない、と誓っています。会社では許されることはたいていの場合、家庭では許されない、というのがほとんどです。
おそらく、このことは日本全体に蔓延していることで、仕事は会社があって給料をもらえている、そう、日本の社員は新入社員のころから意識付けさせられ、そしてそれが常識になってしまった。つまり、会社の利益が第一義であり、お客さんの利益は第二義が当たり前になってしまっている。
どの会社の不正も、お客さんや投資家の利益は二の次で、自分たちの会社の利益を第一にしている。
お客さんや投資家の利益を、自分の利益以上に大切にしている会社なんて日本では聞いたこともないくらいの存在になっていると思います。
他人に不幸をおしつける人
個人主義とか、恰好のいいことを言いますが「生きたいように生きる」の代名詞は私たちの世代では、江角マキコという女優でした。
彼女は今、どうしているのか、といえば、ま、ロクなことをしでかさないで引退させられている、もちろん、本人は、好き勝手やった人生を自分では成功していると思っているのでしょうが、世間ではバカ扱いになると思います。
今回の選挙でも立候補しない、関西のわけのわからない国会議員、「上西某」のこれからの行く末など誰でもわかるでしょう。でも、彼女たちの運命を擁護するのであれば、彼女たちの周囲にそんなことをやって目先、優雅な生活をしている人、たぶん、男性だと思いますが、存在すると思います。
彼らをまねてそういうことをやるのでしょうが、なんとも哀れとしか思いようがありません。これが子供であったら、そんなことをやれば叱責されてやらないのでしょうが、目の前にそういうことをやって優雅に暮らしている人がいれば、だれも怒られなくなった世代は平気でやるでしょう。
彼女たちは男性社会のコピーだと思えばいいでしょう。つまり被害者とみることもできます。個人的には女性の社会進出は目覚ましいものがあると思いますが、でも、まだ女性や子供というのは本当に常識的だと思います。
少なくても、女性の視点からみると、お客様を不幸にする商品を平気で提供するような文化は醸成されていないと感じます。男性社会では平気でそういうことがあると感じます。
今の女性社会で成功している人たちをみると「全部、男性の真似ごとをして、その結果の成果」としか感じません。つまり、顧客に対して、自分の不幸を他人に転嫁している人がほとんどです。言い換えれば、「男性社会というのは他人に不幸を転嫁するだけの社会」だとは感じます。
それも、会社の経営者や上司というお給料をくれる存在にはひれ伏し、そして、部下や後輩には問答無用の従順を押し付けるということです。私が普段、ボロクソに言う、尾川真樹や池辺雪子などは他人に不幸を押し付ける典型です。
彼女たちのへたくそさ加減、理解もしていないのに、理解をしていると言い張る姿勢は男性社会そのものだと思います。日本経済に対して悲観的になるのは、男性社会から派生した、この道徳的にも、法律的にも、おかしな価値観が形成されていることこれが大問題だと思っています。
ダブルスタンダードな日本社会
経済学的にいえば、こういう金融緩和を行っているときにはモラルハザードが起きやすいのは過去のデータ検証からわかっていることですが、日本の場合は不況時にも弱者に痛みを押し付ける文化が完全に形成されてしまった感があります。
みんな、なりたくて弱者になったのではない、とみなさんが思うことが大事なのです。いい例が身体障碍者などは、生まれたときからそうである人がほとんどで、自分の不注意などからそうなった人のほうが少ないわけです。
でも、あの不倫をした、五体不満足の方は、健常者のダメなところを常識として、自分の意識付けをしてしまったこと、だからああいうことになるのです。
人間としての、そして企業の行動基準というのは他人に迷惑をかけないこと、もっとわかりやすいことは、家庭で自分の奥さんや子供に説明できないようなことをやるのがダメだということ、それをなくせばいい社会になるはずなのですが、ほとんどの日本のお父さんは会社でやったことを堂々と家庭で話せないと思います。こんなダブルスタンダードやめなきゃいけない。
日経の14連騰について
相場の常識として、昔からいる人は、あっても13連騰であって、14連騰などありえないと考えるのが普通です。つまり、いいことなど、13年間も続けばいいほうであって、13年もいいことがあれば、非常にラッキーなことなのです。
欧米で13という日が忌避されるのは13という数字はそういうことの転換点になる可能性が高いのです。今まで、ラッキー続きだったのが13を節目に代わるのです。これは天体の動きなどをよく観察すると、13という数字を基準に物事を考えると太陽も月も、星座も13で変わりやすいことはわかってきます。
だから、13というのは、天体の動きに支配をされたものです。つまり「自然の法則」なのです。この13という数字を発明したのがキリストだと、紀元前からの話になりますし、酒田罫線法は江戸時代からですから、相当な歴史になると思います。
きのうの日経の14連騰の引け際の攻防は、明らかなインチキであり、こんなインチキをして日経が高値引けをしたことから、余計に日本の将来に不安を覚えます。
選挙という目先の利益のためにここまでひどいインチキをするのか、と思いました。この詳細は10/20のテレビ東京のワールドビジネスサテライトでやっています。
もちろん、この番組は日経の番組になりますので露骨にインチキとは言いませんが、ある程度、内情を知っている人が見れば、要するにインチキと言いたいのね、というのがよくわかります。
日経を自分の人生に例えるなら、インチキをやって高騰したのであれば、その咎めは大きく、自然の法則にしたがい、その下落はひどいことになるでしょう。
人間の認知機能
高騰続きの人生などあり得るはずがなく、適当に押し目を形成しながらだと上昇相場は長続きしやすく、自然の法則にしたがい上昇した相場と人為的な「アベノミクス」という相場で形成された相場の違いで、はっきりいえば、インチキもほどほどにしてほしいものです。
今までお金がなかった人が急にお金を得ると急になくなるのと一緒です。あなたが相場人生を充実させたいと思うのであれば、適当な押し目を形成して平均値を押し上げるのが、一番、よいことになると思います。
今年のノーベル経済学賞はカーネマンに続き、ロバートセイラー教授の行動経済学です。人間の認知機能というのは目先のことに特化をしており、長期的な視野というのは、理性的、つまり頭の良い人の問題です。
神戸製鋼のように、インチキをして顧客からの信用を失うのはバカのすることです。つまり学が浅い人がやることで、日本のトップクラスの学位を得て、入る会社ではないのに、トップクラスの学位の方が喜んではいる会社です。
つまり、日本のエリートなんぞ、バカばっかりということでそんなこともわからない連中が日本経済を動かしているのです。なんで、あの謝罪会見で日産の社長など、あんなに偉そうなのか、理解不能です。
法律的にも犯罪ですし、道徳的には非人間的行為をしているのに、なぜ、あんなに偉そうなのか理解できません。人間の認知機能を学ぶためには、また、マネーボールの作者、マイケルルイスがまた書いていますので、読んでみるといいでしょう。
ともかく、目先の利益を追う人間は、人間的魅力が全くないと思います。マネーボールは日本ハムの球団運営方針の指針になっているくらいの名著になります。
(この記事を書いた人:角野 實)